そばをめぐるお話
よかれと思ってとった行動が徒労だったり、裏目に出たり、ということが続き、鬱々となる。
なんとかしなければ、と思い、おそば屋さんに行った。
ワタシの敬愛する詩人、西脇順三郎氏はソバが好きであった。しかし、彼によると「あの荒々しい粉をかためたひもを喰うのでなく、『さびしさ』を喰うのだ」ということである。
ワタシにとっても、ある種、おそばはそういう食品かも知れない。痩せ地の原野に生えるソバの実を思いながら食べるのが好き。都会の格式と値段の高いところで食べるのは好きではない。それだったら立ち食いソバの方がいいな。
ついでながら、ワタシがおそばを食べる理由のほとんどは、そば湯が飲みたいから、である。あの至福の時のためにそばつゆを節約しておそばを食べるワタシ。時々、和食のお店かなんかで、そば湯がない、とか言われることがあり、大ショックを受ける。(いったい何のために節約してきたと思ってんの!?)
それから、本来、ソバは日本酒と食すべきものなのだが、昼間っから飲んでるのも、いくら鬱々としていたってやりすぎだと思い、断念。(残念!)
西脇氏は、ソバは「水鶏のいるきたない池のそばで、枯れたハスの葉をみながら」食べるべきだと述べていらっしゃる。
とても師匠の域には達することができないが、近所の小さなそば屋でひっそりと食べた。本わさびが付いていて、持って帰っていいと言われた。おまけです、とお汁粉まで出してくれた。俄然うれしくなった。
やはり師匠の心境にはほど遠い。
posted by 種ともこ| 12:35 | コメント (3) | トラックバック (0) 2008年02月25日 (月)
去年の秋に茨城へ旅行へ行ったとき、
体験でそば打ちをしました。
そば打ちしても、普段手打ちそばを店で食べるの
と変わらないだろうと高をくくっていましたが、
打ったそばをとまっていたログハウスへ持ち帰って、
食べてみると、思っていた数倍おいしくて、
やみつきになりそうでした。
もちろん蕎麦湯も濃厚で(単に粉が多いからかもしれ
ないですが)、きっと種さんも気に入ると思います。
山びこの里という施設で体験しました。
ご家族で是非。
http://www.town.shirosato.ibaraki.jp/kankou_shisetsu/kankou/yamabiko02.html
投稿者 つつぞう : 2008年03月04日 03:26
種さんを鬱々とさせてしまうものは何なんでしょうね?花粉のせいもあるかも?
人生はまだまだこれから。今以上に辛いこともたくさんあるとおもいます。
私は、老人介護の仕事に勤めさせて頂いてますが、残り人生の限られている人がこられるわけですが、それぞれいろんな思いを持っておられます。この冬を越えられなっかた人もおられます。
人生は、いろいろあるんだと思います。自分の力では、どうにもならない時もあると思います。
そういう時は、無理をしないで肩の力を抜いて休息をとりましょう。「まだまだ先は長い。今以上の苦はある」と自分に言い聞かせています。
投稿者 バンビ : 2008年02月26日 15:02
蕎麦は、もっぱら立ち食いそばですが、普通の蕎麦屋に行く時は、利休庵というところに行っています。
これといって変わったところはないんですが、とりあえず美味いです。
寂しさを食らうというのでは、焼き鳥もその仲間に入ってしましそうな。
ラーメンの食べ方にはこだわりがあって、エネルギッシュに食うべし。美味いと思ったらスープまで飲み干すべし。というのがあります。
浪人のころ浅草で食べた蕎麦がおいしかったです。
投稿者 やすゆき : 2008年02月26日 09:17
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