コドモをころすオトナ
また、最近新聞につらい事件が載っている。ニュースを見ていても、こういうニュースだと、それまで騒いでいたうちの子達もしーんとして画面を見つめ出す。あまり見て欲しくない。でも、見ておいた方がいいのだろうか。で、彼らはいろいろワタシに質問する。
「どーしてコドモを殺すの?」
なんて答えたらいいのかなあ。
硬い壁に囲まれて暮らしていると、時に人はサンドバッグが欲しくなる。そいつを思いきり壊れるまで殴りつけたくなる。自分が壊れないように。サンドバッグは自分よりとてもか弱い存在でなければならない。自分は本当にか弱いから。そのとき目についた一人のコドモが、サンドバッグになってしまった。
とは言えない。
また、ホントにそれが理由なのかもやや自信がない。
いずれにしろ人間はサンドバッグではない。
どう考えればいいのか、わからないです。
posted by 種ともこ| 06:01 | コメント (11) 2006年05月22日 (月)
夜の魂号さん、同感です。
(ただ私は、最近あんまり長時間ラジオは聴いたりしませんが⋯)
投稿者 うめ : 2006年05月26日 23:08
たぶん、子供を殺す大人を自分と別種の人間みたいに思ってはいけないと思います。私がいままで人殺しをしなかったのは、運がよかったからです。私は日常的に虫けらを殺しますが、人間を虫けら扱いするのはそんなに難しいことじゃないです。誰にでも人殺しが出来るし、人助けも子育てもできます。 「自分が人殺しなんかするわけない」とタカをくくらないほうがいいです。
また、現代が過去に比べてすさんでいたりおそろしい社会になっているとも考えるべきではないと、私は思います。「ゆがんだ現代社会」を浮き彫りにしているかのようにメディアがセンセーショナルに盛り上げているさまざまな事件は、あらゆる時代、あらゆる社会において存在していました。一日中ラジオを聴いてると全部の番組で「昔はよかった」といってますが、昔の人も相当ひどいことやってます。
投稿者 夜の魂号 : 2006年05月26日 20:15
ヤマさん,いよいよ種ちゃんblogデビューですね。待ってました。
種ともこ-fansite-での日ごろのご活躍同様,こちらでもよろしくお願いします。
また,ご意見もごもっともです。真面目に議論すれば色々な対応策が考えられるかも知れませんね。
(追伸)5月のマンスリーライブ楽しんできてください!(11月のカナリヤライブ,1月~4月のマンスリー,apple store銀座のミニライブとか行けてラッキーだったのですが,5月は都合により行けないので行ける皆さんがうらやましい~です。)
投稿者 種友会 : 2006年05月24日 23:34
街の環境が変わってきた。人と人が”他人”になった・・・。
それが大きいのかもしれません。それは地方でも都心でも同じ。
本当は"教えて知ること"よりも"体験して知る"ことの方が絶対身になるし、子どものためになる・・・。
しかし、体験することが非常に危険な時代なのは確かです。
しかし、ここで皆さんとちょっと違うコメントになりますが、
体験を回避して"TVや雑誌、新聞などで"バーチャル的な知識を吸収した子どもが大人になって、
リアルな現実に対して何が出来るか・・・。
また、その子たちが今度自分の子どもにどんな教育が出来るのか・・・。
そういう未来を予測すると、もっと違う議論が出来て、結論も変わってくるのかもしれないと感じるのです。
(書き込みはじめまして。ヤマと申します。)
投稿者 ヤマ : 2006年05月24日 02:27
硬い壁・・確かにそうですね。
私の中にも硬い壁の部分があります。
そして狂気ってほんとに自分の隣り合わせにあるもので
加害者の立場は他人事に思えないんです。
自分がそうならない自信は、100%はない。
でもそっちに踏み外さないで行けてるのは
それを上回る素晴らしいことを私が感じて生きて行けてるから。
ただそれだけのような気がします。
日々を丁寧に、生きていきたいと思います。
投稿者 イエナ : 2006年05月23日 18:34
大人も子供も住みにくい世の中になりましたね。
子供を守る大人にも余裕がなく、下校時の事で、「ちゃんとみんなと帰ってきて」「寄り道しないで」「ほかのお母さんに歩くのが遅い。といわれるからしっかりあるいて!」と何度も怒りました。子供同士も遅くなると、家の人が心配するから待ってあげるとか、まとまって帰るとか、そういうことが、できないようです。
うちの子供は、自転車に乗りますが、私が小さい頃したような冒険はした事がありません。コースは決まっています。
私は、子供にニュ-スを一緒にみてもらいます。どういうケースで同じ年代の子がなくなっているかわかってくれたら。と思うからです。
他人を思いやるやさしさがあれば、強いものが生き残る世の中でなく、みんなが助け合えれれば、少しは、何かが変わるような気がします。最近の世の中は、大人が生きていくのも厳しい。これからの時代、子供にもっと厳しい思いをさせないためにどうしてあげたらいいのでしょう。不安だから子供に学力をつけさせる。子供にとってそれが幸せなのかな。良く分からない。
投稿者 母 : 2006年05月23日 13:08
楽天的な見方かもしれませんが「硬い壁に囲まれて暮らしていると、時に人はサンドバッグが欲しくなる」とは思いたくないです。80年代に種さんが「ちょっと異邦人になりにいく」や「おおきなもの」の中で言っていたように、「音楽」や「主体的に世界とかかわっていく」ことで「囲まれている」「硬い壁」を壊せるのではないか、と思いたいです。自分も世界とかかわって仕事をしていることで成長しているし、2歳の娘にもそうあってほしいと思う。「現実」の出来事の前ではやっぱりちょっと説得力に欠けますが・・・。
投稿者 杉ちゃん : 2006年05月23日 03:13
怖いものを知らずに大人になるとこうなっちゃうのかなぁ~子供の頃に怖いものを教えるって大事かもしれない。私が子供の頃こわいものは、たくさんありました!(戦争とか、おばけとか、おっさんに手をひっぱられたり、ハレー彗星が地球にぶつかるとか)彗星は、とんだ勘違いでしたが...。
投稿者 A : 2006年05月23日 00:10
私たちは子供を間違った大人にしてはいけない
それだけです。
投稿者 ズバひと : 2006年05月22日 23:26
私も小3と小5の子供がいます。種さんの歌う純粋な子供の心を大切にしたいと思いつつ,やはり道徳的な教育が大事なのではないか...と思ってしまいます。
つまり,「いかなる理由があろうとも人(大人も子供も)は,人(大人も子供も)を殺してはいけない!」という基本ルールを教育現場(小学校から)でしっかり教え込むのが,今更ながら必要なのではないでしょうか。
もうオトナになっちゃた人に教え込むのは難しいと思いますが(例えば他国の戦場で人をたくさん殺してきたオトナに,人を殺すなと説いてもどうか...),これからオトナになるコドモには人を殺してはならない(たとえ戦場でも)といった教育ができれば,世の中少しづつ変わるのでは。
ただ,昨今の現象として起きている特異な事件はなにかしらゲーム感覚のようなものが感じられ(マンションの廊下から落としてみる,など),とにかく自衛するには監視装置を増やして回りの人がコドモにもオトナにもよく声がけすること位しか思い浮かびません。(長文コメントすみません)
投稿者 種友会 : 2006年05月22日 19:55
私にも子供がいます。小3と小5です。幼い頃の自分がよくやっていた「みちくさ」ってやつをさせられない世の中を憂い、肩を落とし気味の私です。その恐ろしい現実が、「みちくさ」しないようにと子供を諭すための理由になってしまってるんですよね。自分が子供の頃は、もっと別な理由で「みちくさ」を咎められた気がします。子供が現実を知ることは、子供を早く大人にしてくれそうですが、その分、子供らしい目の輝きも早く奪うんですよ…ね。子供の心を歌っていた種さんには、なおさら悲しい気分なのかもしれませんね。自分もどう考えればいいのか、わかりません。
投稿者 Okenn : 2006年05月22日 18:56










