種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー vol.7

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種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー vol.7

『種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー』第7回をアップ致します。
『Locked in Heaven』(1997年)を最後に、ソニー・ミュージックとの契約が終了し、自主的に活動して行くことを決意した種ともこ。
第二子の妊娠中に企画が浮上、初めて他人が書き下ろした楽曲を歌った新境地『hetero』(1999年)、アーティスト廃業の危機から一転、種ともこ流ポップスの王道を追求した初インディーズ作『in』『out』(2003年)、紆余曲折の末に制作の主導権を勝ち取ったソニー時代の集大成『GOLDEN☆BEST 11YEAR’S WORKS』(2003年)について語っております。
31年目に突入してもまだまだ続くロング・インタビュー、今回もごゆっくりお楽しみ下さい。

構成:種ともこスタッフ

vol.1はこちらから
vol.2はこちらから
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vol.4はこちらから
vol.5はこちらから
vol.6はこちらから
特別編vol.1はこちらから
特別編vol.2はこちらから

Chapter 1. 『hetero』―シンガーに徹した新たなトライアル

hetero
―前回のインタビューで『Locked in Heaven』(1997年)リリース後にソニー・ミュージックとの契約が終了、自主的に活動して行くことになったところまでうかがいました。ちょうど、その頃に第二子の妊娠が判明したんですよね?
種:そうですね。

―すぐに新たな活動を始めたかったのが、曲作りどころではなくなって、軌道修正を迫られたタイミングで、『Locked…』に参加していたエンジニアの松林正志さんから企画として持ち込まれたのが『hetero』(1999年)だったと。最初の段階では、どこまでの具体性をともなっていたのですか?いろんな人に楽曲を提供してもらう程度だったのか、それとも人選も決め込んだ上で持ち込まれたのか?
種:「こういうアイディアはどうでしょう?」という程度です。

―プレゼンを受けた時はどう思いましたか?
種:当然ですけど、やったことがなかったから、面白そうだな、とは思いました。

『hetero』のレコ発ライブ。このとき妊娠6ヶ月。MCは座ってやるように、とステージに椅子が用意されるが、盛り上がるとここに立って歌ってたのでスタッフはハラハラしてたそうです。

『hetero』のレコ発ライブ。このとき妊娠6ヶ月。MCは座ってやるように、とステージに椅子が用意されるが、盛り上がるとここに立って歌ってたのでスタッフはハラハラしてたそうです。

―仲がよかったZABADAKも所属していたマグネットからのリリースですね。
種:松林くんに関わってもらったから。彼はマグネット・スタジオのエンジニアだったので、系列のレーベルから出しましょう、っていうことですね。

―当時の先鋭的な方々が多く参加されていますね。人選は種さん主導で?
種:ほとんどはそうですね。林邦洋くんは松林くんが推薦してくれました。彼はまだ福岡から出て来たばっかりだったんですけど。

―保刈久明さんは以前からライヴやアルバムでギターを弾いていましたね。直枝政広さんについては?
種:カーネーションはもともとファンだったので。直枝さんとは何かいっしょにやりたいとずっと思ってました。

―サエキけんぞうさんや桜井鉄太郎さんは?
種:サエキさんはパール兄弟の時から知ってて、作詞のセンスが面白いと思ってました。桜井さんは、コーザ・ノストラはもちろん、彼が高嶋政宏さんと組んだユニット(R.P.O)が大好きだったんですよ。『舞妓はレディ』(2014年)の時に高嶋さんにその話をしたら、すごく喜んで下さいました。

―阿部義晴さんはユニコーンの時からのレーベル・メイトですね。
種:それまでは、よく話したことはなかったんですよ。でも、曲作りのセンスはすごいな、とずっと思っていたので。ユニコーンはもちろん好きでしたし。

―『秋の種』(1994年/プロモーション用非売品CD)に収録されたユニコーンのカヴァー「開店休業」を阿部さんが気に入って下さったんですよね。
種:ライヴでそのヴァージョンでやってくれたこともありました。

―杉林恭雄さんはくじらのメンバーですよね。
種:私、大ファンなんですよ。

―益子樹さんは?
種:杉林さんからのご紹介だと思います。(上田)現ちゃんもレピッシュが好きだったので。

Chapter 2. すごいフォークボールを投げないと

―曲を発注する時に、こういう内容、方向性で書いて欲しいとか、具体的な要望は出されたんですか?
種:種ともこがこんなのを歌ったら面白いんじゃないか、種ともこってこんな女なんだ、っていうのをプレゼンして欲しい、というふうにお願いしたと思います。

―歌詞を見てどう思いましたか?大人っぽいもの…ちょっとエロティックなものもあったりしますけど。
種:ビックリっていうか、自分には書けない。どう考えても自分には…。

―男目線?
種:そういうことなんですよ。だから、とにかく男性アーティストにお願いしよう、っていうのがまずありましたね。

―アレンジまで同時に発注したんですか?
種:ほとんどの場合はそうです。

―1曲目(「かえして」)にクレジットされてるエレクトロ・ビアンキとは?
種:何だろう?保刈くんが1人でやってたと思いますよ。

―レコーディングはどのように進めて行ったのですか?
種:人によって方法がさまざまだったので…例えば、直枝さんは自宅のDAT8chで録ってて。そうなると、そこに行って歌を入れるのが一番いいやり方だから、って…確か、そんな感じだったと思います。ミックスは松林くん。でも、「DOWN」は直枝さんもちょっとやりたいって言ってたので、2人のジョイントだったかな。

『hetero』のアー写用に、と松林氏と一緒に撮影した。が、使用せず。

『hetero』のアー写用に、と松林氏と一緒に撮影した。が、使用せず。

―今思うと、1999年当時このサウンドはかなり過激だったんじゃないかと思います。
種:作ってくれた人達も、自分で歌うんじゃないから、実験的なことが出来るし、いい意味で無責任に作れたのはあったんじゃないかと思います。私としても、正統派をやってもしょうがないと思ってて。フォークボールであれば、やっぱりすごいフォークボールを投げないと。今のフォークボールだったの?では失敗じゃないですか。

―種ともこという、デビュー以来、ずっと作詞も作曲もアレンジも自分でやって来たアーティストがこのタイミングで全編他人の楽曲を歌うというトライアルをしたわけですけど、今改めて聴いてどうですか?
種:ソニーっていう枠から飛び出して初めての作品なので、何か冒険がしたいっていうのはあったんです。ソニーだったら、こういうことはやらせてもらえなかったと思うので。だから、最初の一歩としてすごく楽しめたし、ちゃんと冒険をやり切った実感もありましたね。

―参加アーティストのみなさんも満足だったでしょうね。
種:大変だったと思いますけど…それなりに注文はしたので、やっぱり。書き直してもらった曲もあったんですよ、実は。

Chapter 3. それぞれのアーティスト独自のやり方

―柳沢二三男さんの不参加という違いはありますけど、『Locked…』とこのアルバムは「表」と「裏」みたいに感じられますね。コンセプトも含めて。サウンド的に通じるところもありますし…松林さんの存在が『Locked…』から大きく作用しているということですね?
種:はい。松林くんは過激で、ある意味、問答無用のミックスをする人なので、そこがすごく好きだったんですよね。ドラムはこれだけ歪ませるんだ、みたいな。

―収録曲の中で最もインパクトがあったのは?
種:林くんが書いてくれた「メモリア」ですね。その頃っていうか、それから後も長い間、彼はコードのことをよく知らなかったんですよ。1曲に2つぐらいしかコードがなかったりするんですね。それでもこんなにいい曲を書けるんだ、っていうのが大衝撃で。杉林さんもそういう人なんですよ。何回かくじらのコーラスをやらせてもらったんですけど、この曲は「D」だけとか。でも、メロディがすごくいい。まあ、理論だけで曲が成り立っているわけではないので、知ってても知らなくても関係ないとは思うんですけど…。林くんと杉林さんっていうコードをあまり使わない人を例に挙げましたけど、他の人にしてもみんな独自のやり方があって、とても勉強になりましたね。阿部くんには1曲だけ発注したんですけど、2曲書いて来てくれて。彼としては、1曲に集中するよりも、もう1曲をやりながら楽な感じで作るのが好きらしくて。どっちもよかったんで、「2曲とももらっていいですか?」ってお願いしました。あと「DOWN」とか「抱いててほしい」も好きですね。

―その後、もう一回こういうことをやろうと思ったことはないですか?
種:そうですね。同じことを繰り返すのはあまり好きじゃないので。

―ジャケットは「場末の街を行く種ともこ」というカットもありますが…新宿ゴールデン街ですか?
種:多分、そうだと思います。ペインティングのタトゥーをしたのが印象に残ってます。この荒れた感じ…ザラザラ感は出したかったんですよね。色調もそうなんですけど。

―ヴィジュアル的にも『Locked…』の「表」と「裏」ということが言えそうですね。
種:そういうことですね。

Chapter 4. 『in』『out』―音楽活動の危機を乗り越えて掴んだ種ともこポップスの王道

in out
―続く『in』と『out』は前作から3年以上経った2003年にリリースされています。その間、まったく曲が書けなかったということですが…。
種:もうアーティストとして終わりだと思いました。家庭内のゴタゴタで、精神的にとても曲が作れる状態ではなかったので…。

―『hetero』の充実感を受けて、すぐに次の制作に移りたかったのではないかと思いますが。
種:スタッフとしては、種ともことして直球のアルバムを早く出したい、って思っていたはずだし、自分もそうしたかったんですけど…。

―そうすれば前作の変化球がより生きますもんね。
種:そう!そういう目論見だったんですよ。

『in』『out』のころのライブ。詳細は覚えてません。

『in』『out』のころのライブ。詳細は覚えてません。

―しかし、中断せざるを得なくなってしまった。そのような状態から持ち直すきっかけは何だったんですか?
種:離婚したからですね。

―泥沼だったわけですね、旦那さんとの関係が。
種:どうしていいのか分からない…子供も生まれたばかりだったし、関係を修復出来るならそうしたいと思ってたんですけど。とことんまで考えて、もうダメだ、っていうところまで行き着いて、「出て行って下さい」って言ったんです。そしたら、彼が出て行ってすぐに曲が思いついたの。

―そういう状況だと、最初に出来るものって、マイナスの要素が強かったりする可能性もあるじゃないですか。
種:いや、メッチャ明るい、ポジティヴな曲だったんですよ。メッチャ嬉しくなって、彼が荷物を取りに帰って来た時に「曲が出来た!」「やっぱり離婚を決意して正しかったと思うよ!」って言ったら、「お前はなんて自己中心的な女だ!」ってすごく怒られました。スタッフに話したら、「嬉しいのは分かるけど、言う相手を間違ってますよ」って(笑)。でも、その時から急に曲が出来始めたんですよね。

―作ろうと思わずにどんどん出来ちゃった?
種:そうそう。『in』と『out』はそうした中で制作したアルバムなんです。

―離婚とか夫婦生活の泥沼とか、そういうマイナス要素が感じられない曲ばかりだったんですか?
種:何となくそういう題材の曲も当然ありますよ。ただ、これで自分は復活したって確信した。曲が出来なかった時には、音楽じゃない仕事をした方がいいと思って、準備も始めてたんですよ。それぐらい追い込まれてたんだけど、曲が湧いて来るようになって初めて、自分は音楽を仕事にして行くんだ、ってハッキリと思ったんですよね。離婚して、今後は1人で子供を育てて行かなきゃいけないなら、それこそ音楽なんか辞めて、手堅い仕事をした方がいいんじゃないか、って自問したこともあったんですけど、そうじゃなくて、自分は音楽で子供を食べさせて行くんだ、ってことを再確認したんですよね。

―改めて自分は音楽で飯を食い、家族を養って行くという気持ちが芽生えたということでしょうか?
種:経済的なことよりも精神的な覚悟だったと思います。

Chapter 5. 明るいものと静かなもの、それぞれの直球

種:それで、前作では松林くんと組んだので、『Locked…』からの流れで言うと、今度は柳沢さんと組んでみようか、って。

―僕の立場から見ると、角が立たないかと思うんですけど。『Locked…』は3人でチームとしてやってて、その流れだったらまた3人でやるのが自然かとも思って。前作は松林さん、今度は柳沢さんとなると、お互いに思うところもあるんじゃないかなあ、と。
種:前作では松林くん過激なミックスが欲しかったんだけど、今度はストレートにやりたかったんです。そうなると、やっぱり柳沢さんの熱いギターが欲しいって思ったんですよね。

―レコーディングは全曲集まってから始めたんですか?
種:そうです。最初は12曲入りの予定だったんですけど、戦略的に話題をたくさん作りたいと思って、ちょっと静かな曲と明るい曲を2枚に分けて出そう、っていうアイディアが出て来て。『in』はわりと内省的な曲が多くて、『out』は外に向かう曲が多いんですね。自分としても、スタッフとしても、今回は直球ということで「ポップスの王道・種ともこ」をテーマに据えて。「恋は死なない」はそれこそ離婚を決めた瞬間に出来た曲で、まさにここから始まったんです。もっとポップな曲が欲しくなって、「チャリンコ」を書き上げた時は「やった!」って思いましたね。

―サウンドはストレートですよね。あまり余分なものを入れていない。
種:そうですね。柳沢さんとは、とにかくシンプルで歌詞が入って来やすいもの…明るいものと静かなもの、それぞれの直球をやろう、って話してました。

―エンジニアは『感傷』(1994年)から復活した松本大英さんですね。
種:サウンドの方向性から考えて、松林くんのピーキーで手の混んだ感じじゃなくて、入ってる音を綺麗に聴かせるのが得意な松本くんにお願いしました。

―クレジットにあるEDJとは?
種:この頃、何だか分からないけど、柳沢さんがくだらない変名をよく使ってたんで、そのひとつだと思います(笑)。

―石村順さんと朝倉真司さんは『Locked…』にも参加していたLOVE CIRCUSのメンバーですよね。彼らに再び声をかけたのは?
種:バンド・サウンドをやるのであれば、やっぱり実際にバンドをやってる人にお願いするのがいいから。彼らのことはすごくいいと思ってたので、リズム隊は2人にお願いして、あとは私と柳沢さん。ディレクター的な立場で伏島(和雄)さんに頼んで、彼にサジェスチョンしてもらったりもして。

―ジャケットはポラロイドを組み合わせたり、写真をコラージュしたり。表紙もスタジオでのスナップみたいな…このローファイ感もまた狙いですか?
種:そうです。ロード・ムーヴィーみたいにしたい、って話して。

『in』『out』のレコーディング。スタジオにて。ジャケットの表紙のソファがこれ。

『in』『out』のレコーディング。スタジオにて。ジャケットの表紙のソファがこれ。

―先ほどおっしゃった2曲以外にこれぞという曲は?
種:人気が高かったのは「守ってあげられないこと」ですね。

―バンド編成で、緻密に作られてはいるけどストレートで、ゴツッとした手触りのアルバムは、本格的な活動再開のためにいい立ち位置になったのではないでしょうか。

Chapter 6. 『GOLDEN☆BEST 11 YEAR’S WORKS』―苦悩の末に実を結んだソニー時代の集大成

11 YEAR'S WORKS(ゴールデン☆ベスト)
―『in』『out』の直後には『GOLDEN☆BEST 11YEAR’S WORKS』(2003年)もリリースされていますね。ソニーが出していたシリーズの一環だと思われますが、いつ頃にお話があったんですか?
種:これはね、ものすごく曰くがありまして…ぜひ書いていただきたいんですけど。「ソニーから『GOLDEN☆BEST』っていうのが出るって、種さんは聞いてますか?」ってスタッフから連絡があって。「え?聞いてないよ」って、その内容を見たら、選曲から何からあまりにもひどくて…。

―『GOLDEN☆BEST』シリーズの担当ディレクターが勝手に選曲していた。
種:ジャケットにも古いボツ写真が使われてて、「何だこれは?!」と思って。「アーティストに何の連絡もなく、こんなものを作りやがって」って。たまたま担当者を知ってたから、「どういうことなんでしょうか?」って電話したんですよ。そしたら、けんもほろろに「ソニーの原盤だから何をどうしようがこちらの勝手です。種さんにはそういうことを言う権利はひとつもありません」「悪いけどね、種さん。発売の1ヶ月前ってことはね、もう商品を作ってるから、今から差し止めなんて要求されたら訴訟だよ、本当に。こっちは弁護団つけるからいいけど」って言われて、これはひどいな、って。a-net(『in』『out』の販売元)の社長をはじめ、周りからもいろいろ言ってもらったんですけど…。

―確かに『in』『out』と同じタイミングで初めてのベスト盤が出たら、そっちに流れちゃうファンもいるでしょうね。
種:もうパーンって撥ねられて。最終的に「シンコーの社長に頼むしかないですよ」って、スタッフから言われたんです。ソニー時代の音源はシンコーとの共同原盤だから、何か言えるとすればそこしかない。勇気を出して草野(昌一)社長に会いに行って、「実は、こういうことがあって困っています」「出て行った身として、こういうことをお願いするのは本当に申し訳ないし、心苦しいんですけど、でも、草野さんしか助けてもらえる人はいないので、どうかお願いします」って頼んだら、「種ちゃん、ちょっと待ってね」って、ソニーの社長に電話してくれたんですよ。「僕と種ちゃんの顔に泥を塗るようなことはやめてくれませんか?」って言ってくれたら、ソニーの社長から担当者に即製造中止、やり直し、っていうのが伝わって、担当者から私たちにお詫びのメールが届いたんです。「この度は、誠に失礼致しました。非礼をお許し下さい」って。それまでと態度が一変して、「種さんが納得いくものを作りますので、一度打ち合わせさせて下さい」みたいに言われ、それで私が最初から選曲し直して…。

―それを1ヶ月の間にやったんですか?
種:いや、遅らせたと思いますよ、多分。確か、ベストのリリースが『in』『out』より前か同日だったんですよ。最終的には入れ替わりましたけど。

Chapter 7. アーティストに勇気を与えた

種:でもね、それが当時話題になったんですよ。差し止め出来たっていうことが。

―前例になったんですね。
種:「種ともこがゴネてやり直させたみたいだよ」「私も、私も」って。

―他のアーティストに勇気を与えた。
種:そうなんですよ!あのシリーズはアーティストにはすごく評判が悪くて。自社の原盤だから、アーティストに何も言わずに出していい、っていう考え方は本当はおかしいんだ、作品はアーティストのものでもあるんだから、ちゃんと一報入れるべきだ、っていうことにそれからなったんですよね。草野さんに助けを求めて、草野さんもちゃんと対応してくれて…諦めずに勇気を出して本当によかった、って思いました。

―確かに『GOLDEN☆BEST』シリーズって、リマスターをやって、ジャケットもちゃんと作っている印象がありますけど、そのきっかけは種さんだったんですね。
種:ジャケットはたんじあきこさんにイラストをお願いしたいから、その予算も出してくれ、って言って。

―イラストレーターはどのように選ばれたんですか?
種:セレクト出来る写真がなかったので「イラストにしよう」「可愛いのがいいね」っていうことで探して来たんです。たんじさんとは今も交流が続いてますね。

―初期の『いっしょに、ねっ。』『みんな愛のせいね。』『Che-Che Bye-Bye』とか、イラストにすごくこだわってるじゃないですか。そういう意味では、ソニー時代を総括する作品のジャケットを当時気になっていたイラストレーターにお願いした、っていうのは意義深いですよね。
種:そうですね、はい。

―新作の『in』『out』のザラッとした手触りと正反対なのもいいですね。
種:そうそう。そもそもベスト盤ってあまり好きじゃなくて。「ベスト」っていう言葉が出た途端にベテラン感が出るじゃないですか。

―選曲は1枚のアルバムから2曲から3曲という感じですか?
種:そうですね。全アルバムからきちんと選んでます。

―選曲する上で何かテーマはありましたか?
種:デビュー曲(「You’re The One」)でスタートしたい、っていうことと、2枚組なので、Disc 2では「笑顔で愛してる」を1曲目に持って行きたかった。あと、最後は「あの頃アタシもカナコも」っていう懐古的な曲で終わりたいな、っていうのはありました。担当者は、アーティストに選曲を任せると、マニアックな曲だとか、必ずしもファンが聴きたい曲ばかりじゃなくなることが多いのを心配してたみたいなんですけど、「バランスのいい選曲で助かりました」って言われました。あと、マスタリングでも素晴らしい話があるんですけど…ソニーから出すCDだから、ソニーのスタジオでマスタリングするじゃないですか。それで、若いエンジニアといっしょにやったんですけど、その方が種ともこのファンだったんですね。「この作品に関われることを誇りに思ってます」って言ってくれて、ものすごく熱心にやってくれたんです。

―ブックレットの冒頭にはセルフ・ライナーノーツがありますね。この文章が入ってるだけでアーティストのオフィシャルであるかどうかが分かります。
種:聴いて下さる方にちゃんとご挨拶がしたかったので。いろいろあったけど、結果的に、インディーズ1作目の『in』『out』とメジャー総まとめの『GOLDEN☆BEST』を同時にプロモーションが出来たのでね、図らずも。アーティスト・プロモーションとしても有効だった。結果オーライですけど(笑)。

―発売が2ヶ月離れるだけなら、プロモーションで連動性やスケール感を出せますもんね。
種:そうそう。ソニーでもプランを組んでもらって、その時に『in』『out』もいっしょにプロモーションしてもらえたので。

―「11 YEARS」だと、数字的にはあまり切りがよくないかも知れませんけど(笑)、ここからまた種さんの新しい時代がスタートするとしたら、結果的にいい区切りになったのではないでしょうか。
種:一時は本当にみんなで頭を抱えたんで…「どうしたらいいの?」って。

―マイナスからの大逆転みたいなものですか?
種:うん。やり直しが決まった時には「ヤッター!!」って、スタッフのみんなとガッツポーズしました(笑)。みんなで真剣に悩んで、みんなの努力の末に勝ち取ったものだったので。最終的には、この『GOLDEN☆BEST』はいいターニイング・ポイントになったと思います。

vol.8につづく。

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30th Anniversary

デビュー30周年にあたって、種ともこからのメッセージ

種ともこ、この年末をもちましてデビュー30周年となります。
これってホントにワタシの音楽を聴いてくださる皆さまのおかげです。
まずはお礼を言わせてください。
ありがとうございます!
それから、ワタシが音楽を届ける作業に力を貸してくれた全てのミュージシャン、スタッフにもお礼を言わせてください。
ホントにお世話になりました&なってます。

死ぬまで音楽創っていたい。いい音楽を創っていたい。これが今の私の願いです。

あっという間の30年間でした。ってことは楽しい30年間でした。楽しい時間は早く過ぎますもの。

この30年を記念して、あれこれ楽しい企画を考えております。
皆さまのお財布を休ませません!
楽しみにしていてね。覚悟していてね。

2015.12.19
種ともこ

種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー 番外編

vol.9でエンディングを迎えた本編に続きまして、2016年11月から2017年1月にかけて本サイトを通じてファンのみなさんからお寄せいただいたご質問に種ともこがお答えするアンコール企画。
たくさんのご質問、感謝しております。その中から種ともこがすべて目を通した上で厳選し、真剣に返答させていただきました(ご紹介できなかったみなさん、ごめんなさい)。
どうぞごゆっくりお楽しみ下さい。


ロング・インタビューはこちらから


種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー vol.9

「恋愛三部作」―制作を中断しながら東日本大震災をきっかけに完成に至った第1弾『Uh Baby Baby』(2011年)、突き抜けた開放感の中に緊張感をあわせ持つ第2弾『True Love Songs』(2013年)、完結編にして種ともこポップスの金字塔『Love Song Remains The Same』(2015年)―を中心に、全編ピアノと歌のみによる「恋愛三部作」のスピンオフ『家のピアノ』(2014年)など、自身が「波乱二万丈」と語った2010年から2015年を大いに語っています。さらには、種ともこがこれまでに参加して来たコンピレーション作品にも触れてみました。
ついにエンディングを迎えるロング・インタビュー、「最高で感動の」最終回となりますでしょうか。最後までごゆっくりお楽しみ下さい。
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種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー 特別編 vol.3

特別編の最終回として、映画監督の周防正行氏との対談を掲載いたします。種ともこがエンディング曲「遠く、そして近く」の作詞と歌唱を手がけた『終の信託』(2012年)、同じく作詞、歌唱指導、京都弁指導を担当した『舞妓はレディ』(2014年)を中心に、リーダーシップ論や変化を続けることの大切さなど、熱く、深く語り合っています。
映画と音楽―フィールドは異なれど、お互いに対するリスペクトが感じられる、特別編の最終回に相応しい濃密な対談になりました。
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対談はこちらから


種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー vol.8

少数精鋭でシンプルな世界を追求した『カナリヤ』、フレッシュでバラエティ豊かな『おひさま』という意欲作をリリースするもレーベルが倒産。完全自主制作に移行して、ソニー以降の名作選『カナリヤとおひさまとそれから』と実験精神あふれる童謡カヴァー・アルバム『雪月花』をリリースした2005年から2009年を中心に、デビュー20周年記念セルフ・カヴァー・アルバム『ウタイツガレルウタ』や新たな層にアピールしたアニメ『ガサラキ』『トリニティ・ブラッド』のテーマ曲、映像と音楽のコラボレーションによるライヴ・シリーズ『VISION & PIANO』についても語っております。
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種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー vol.7

『Locked in Heaven』(1997年)を最後に、ソニー・ミュージックとの契約が終了し、自主的に活動して行くことを決意した種ともこ。
第二子の妊娠中に企画が浮上、初めて他人が書き下ろした楽曲を歌った新境地『hetero』(1999年)、アーティスト廃業の危機から一転、種ともこ流ポップスの王道を追求した初インディーズ作『in』『out』(2003年)、紆余曲折の末に制作の主導権を勝ち取ったソニー時代の集大成『GOLDEN☆BEST 11YEAR’S WORKS』(2003年)について語っております。
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種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー 特別編 vol.2

特別編として、1991年のアルバム『KISS OF LIFE』から『Locked In Heaven』、さらにデビュー20周年にとして2006年にリリースされた『ウタイツガレルウタ』にディレクター、プロデューサーとして関わられた河合誠一マイケルさんとの対談を掲載致します。
アーティストとスタッフという関係を超えた自然な繋がりが感じられる、絶妙な二人のやり取りをどうぞお楽しみ下さい。
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種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー vol.6

『種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー』第6回をアップ致します。
1995年にデビュー10年目を迎えた種ともこ。同年に新曲をライヴ・レコーディングした『感傷』、さらに1997年にはポップかつアグレッシヴな新局面を示した『Locked in Heaven』をリリースするなど、相変わらず精力的な活動を展開する一方で、同作を最後にデビュー以来所属して来たソニー・ミュージックを離れることになります。
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種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー vol.5

『種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー』第5回をアップ致します。
アルバム『音楽』(1990年)でさらなる到達点に達すると同時に、新たな制作環境の模索やスタッフの交代など、節目を迎えた種ともこ。
1991年、完全セルフ・プロデュースで制作された『KISS OF LIFE』、1993年、最新機材の導入により実現したホーム&スタジオ・レコーディングの充実作『Mighty Love』、そしてポップで粒ぞろいな楽曲が詰まった1994年の『HARVEST』が今回のテーマとなります。
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種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー vol.4

『種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー』第四回をアップ致します。
1985年12月にCBSソニー(当時)からデビューし、武部聡志さんプロデュースのもと、3枚のアルバムを制作。
そしてコンピレーション・アルバム『ベクトルのかなたで待ってて』を挟んで、ついに激動のセルフ・プロデュース期へと突入します。今回はその初期3作品『O・HA・YO』『うれしいひとこと』『音楽』に焦点を当てて、ざっくばらんに語っております。
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ロング・インタビューはこちらから


種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー 特別編

ご好評頂いております『種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー』、幼少期に始まり、CBSソニーからのデビューを経て、アルバム『Che Che-Bye Bye』の完成までたどり着きました。
今回は特別編として、デビュー・シングル「You’re The One」から3作目となる『Che Che…』までのプロデュース/アレンジを担当された武部聡志さんにお忙しい中お時間をいただき行いました対談を掲載致します。


対談はこちらから


種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー vol.3

『種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー』第三回をアップ致します。
1985年12月21日、シングル「You’re The One」でCBSソニー(当時)からめでたくデビュー!
アーティストとアレンジャーという立場を超えた実り多い師弟関係を築くことになった武部聡志さんとのコラボレーションが冴えわたる初期の三作『いっしょに、ねっ。』『みんな愛のせいね。』『Che Che-Bye Bye』(+『ベクトルのかなたで待ってて』)に焦点を当てて、今回もざっくばらんに語っております。
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種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー vol.2

先月からスタートしました『種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー』第二回をアップ致します。
今回は同志社大学入学後からデビュー直前まで、”アーティスト”種ともこにとって重要と思われる時代についてざっくばらんに語っております。
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ロング・インタビューはこちらから


種ともこ デビュー30周年記念ロング・インタビュー vol.1

種ともこ、祝・デビュー30周年!…ということで、アニバーサリー・イヤーの2016年12月まで、約1年にわたって、スペシャル・インタビューを掲載致します。
アーティスト活動はもちろん、生い立ちから音楽との出会い、学生生活、デビューへの道のり…などなど、当時の写真も交えて、ざっくばらんに種ともこのこれまでを振り返ってお送りする予定です。
vol.1では、種家のルーツに始まり、大学受験までを語っております。
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ロング・インタビューはこちらから


種ともこ 30thイヤー!スターティング・イベント ~ 30年いっしょに、ねっ!

種ともこデビュー30周年を記念した、秘蔵写真などの展示、映像上映、トークショーなどの、30周年イヤー!スターティングイベント「種ともこCafe」及び「種ともこ記念トークショー&チャリティーオークション」を、3/31(木)から4/2(土)の期間内で、駒沢大学駅徒歩1分にあるイベントスペース<エムズ・カンティーナ>にて開催いたします。是非!この機会にあなたが知らなかった種ともこに逢いに来てください。皆様のお越しをお待ちしております。
flyer

イベントの詳細はこちら


『Love Song Remains The Same』ハイレゾ音楽配信開始

昨年10/21に発売されました種ともこの最新作『Love Song Remains The Same』のハイレゾ音楽配信(96kHz/24bit)が始まりました。種ともこが打ち立てた”金字塔”を高音質でお楽しみになりたい方は各ハイレゾ配信サイトへGO!

主なハイレゾ配信サイト
mora
e-onkyo music
VICTOR STUDIO HD-Music
OTOTOY
groovers


『Love Song Remains The Same』ハイレゾ音楽配信記念 座談会

2015年10月発売の種ともこの最新アルバム『Love Song Remains The Same』のハイレゾ音楽配信(96kHz/24bit)が1月27日から始まりました。
デビュー30周年イヤー企画の第一弾、さらにキャリア初となるハイレゾ配信を記念して、種ともこ本人と同作品をともに作り上げた共同プロデューサーの菅原弘明、ミキシング・エンジニアの松本大英両氏がCDとハイレゾ音源とを聴き比べながら行った座談会の模様をここに掲載致します。
座談会の記事はこちら


《種ともこ デビュー30周年企画第1弾》
『Love Song Remains The Same』高音質音楽配信(ハイレゾ音楽配信)決定!!

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2015年10月21日に発売されたばかりの”恋愛三部作”完結編『Love Song Remains The Same』。種ともこ本人が「金字塔」と断言する絶対的自信作の(ハイレゾ音楽配信)(24bit/96kHz。通常CDは16bit/44.1kHz)が決定しました!

配信開始日は2016年1月27日の予定。配信サイト等の詳細は追ってお知らせ致します。どうぞご期待下さい。


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